頑張らないこと

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こんにちは

 

今日は、自分が予想していたよりも天気がよくて、気持ちがいい日になりました。夜は雨予想。

雨が降ってほしい人もいるし、お天気になってほしい人もいて、天気がいいのがいいとか悪いとかって相手の状況によって変わるってことですよね?

 

少し前の私は、精神的にけっこう病んでいて、っていうか10年近くいわゆる自己啓発本って呼ばれているジャンルの本しか読めない時期がありました。どうやったらうまくいくんだろうとか、こういうときはどうすればいいんだろうみたいなそんなことをずっと模索している日々だった気がします。

今もなんとなく読んだりすることもあるんですけど、でも昔の自分と今の自分が違うのは答えがわかっているってこと。だから、本に書かれている内容もわかるし、本質的に筆者が伝えたいであろうこともわかっている、だから結果として本を読んでも得るものが同じというか…。

「がんばらない」っていう本がありますよね。鎌田さんっていう方が書いた本です。実はこの本は読んだことがないんですけど、がんばらないってけっこう誤解されちゃう言葉なんじゃないかな?って思うんですよね。

 

頑張るって怠けちゃいけないっていう解釈をされてしまうことも多いので、がんばらないって怠けるっていう意味で捉えてしまう人も多いんじゃないかな?って気がします。

 

でも、自己啓発本とかを読んでいると頑張っているとうまくいかないっていうフレーズってけっこう出てくるんだけど、これって努力しないとか何もしないってことじゃないんですよね。

 

私なりの解釈ですが、「がんばらない」って自分の気持ちに嘘をつかないとか、自分の気持ちを押し殺して、我慢しないとか無理をしないってことだと思うんですね。

大人になるといろんなことを気にして、諦めたり、無理をしたり、我慢したりってことがいっぱい増える気がします。

たとえば、人が生きていく上で、守った方がいいルールとか決まりってありますよね?これは、人が生活していく上でこのルールや決まりがあったほうが暮らしやすいっていうだけのことです。もちろん、犯罪をしてもいいってことではないですよ。

 

人は、人として尊重されなくちゃいけないし、自分がよければ他の人はどうだっていいとか苦しんでいいとか、責めてもいいってことでもないです。気遣いとかやさしさっていう気持ちを持つことは大切だと思っています。

 

だけど、たまには「がんばらなくてもいい」んじゃないかなって思うんですよ。ご飯作るの嫌だな~って思ったら、お惣菜に頼ってもいいし、掃除するの面倒だな~って思ったらさぼってもいいと思うんです。

気持ちが辛かったら、ずる休みして自分の心と体を休めることも時には必要だと思うんです。ずる休みを推奨するってことではないですよ。でも、自分を追い込む必要もないってことです。

 

日本は、真面目な人が多くて頑張っている人がすごく多い国だなって思うんですね。だからこそ、経済も技術も進歩したわけだし、電車の時刻も正確だし、商品なんかの質も高いんだと思うので、真面目が決して悪いことだとも思わないんですけど、自分の気持ちに正直になることも大切なんじゃないかな?ってすごく思うんです。

 

外で仕事しているときは、仕事なんだから頑張って当たり前だと思っていたし、1週間とか休みを取る人のために私がぜんぜん休みを取れなかったときは、恨みすら感じていたし、そんな周りに迷惑かけながらだったら外で仕事しようなんて思わないでくれないかな~って思ってました。お金もらって働いているんだから、それが当たり前だと思ってました。

まぁ、労働を提供して対価をもらうというシステムの中で仕事をするのであれば、それはある意味当たり前なのかもしれません。

 

でも、自分の気持ちとか感情って誰かに言われて変わるものでもないし、私が感じる気持ちを他の誰かに感じてもらうこともできないわけです。自分の人生は自分のものってことはそういうことなんですよね。たとえ家族だって、自分の気持ちを代わりに感じてもらうことはできないわけですから。

 

とは言いながら、人は1人じゃ決して生きていけないし、たとえば今私がブログを発信していますけど、これだってパソコンを作ってくれている人がいて、販売してくれる人がいて、電気やネット環境を整える仕事をしてくれている人がいるからこそできているわけです。

誰かがどこかで頑張ってくれているから、自分は生活できている(コーヒーのCMでこんなフレーズがありましたね~)。前は、こんなことを思う余裕すらもなかったですね~。不平や不満で渦巻いてました。

 

なんでこんなだったんだろうって思い返してみると、「余裕」がなかったんですね。肉体的にも精神的にも金銭的にも…。体は疲れているし、精神的にも疲れてるし、時間もないし、お金もない(笑)

すべてが負のスパイラルですね~。でも、仕事を辞めたら、確かに金銭的には本当に入ってこなくて、めっちゃきついときもあるんですけど(支払いに困ると精神的には追い込まれるときもあります。ははは)、でも気持ちはめっちゃ楽になりましたし、肉体的にも楽になりました。生きていけないかっていうと、ブログ書けてるってことはちゃんと生きてます(笑)

 

仕事を辞めて一番変わったのは、仕事をしてくれている人がいるから私生きられてるな~って素直に思えるようになれたこと。

 

我慢する回数が激減したこと、イライラする回数も減ったこと。

 

もちろん、腹も立つし、イライラもするんですけど、恨むとか憎しみとかっている感情はほとんど生まれなくなった気がします。これってたぶん我慢する回数が減ったから。

 

つまりがんばらなくなったんですよ。昔の自分に比べて、ほんと頑張らなくなりました。

 

「がんばる」って言い方を変えると、自分を犠牲にしているって思いながら、誰かのために何かをやることでもあると思うんですよ。これって、相手のために何かをしているようで実は相手にとっては迷惑な話ですよね。

だって、「やってあげてるじゃん」って気持ちがあるから。そういう気持ちが芽生えたときは、むしろ何もしないほうがいいのかも?とさえ思うようになってきたので、や~めたっていうことが増えてきました。他の人のためじゃなくて、自分のために頑張るのは努力するってことだったり、自分がやりたくてやってるから、実は頑張ってないってことになる気がします。

 

それでも、腹は立っちゃうことはいっぱいあるんですけどね。母親に対してはイライラしちゃうし…。家族もね、もう少しは片付けてよ~って思うし(笑)

 

でも、誰かに対して嫌だな~って思っても、イライラしても、そんな自分が嫌だな~って思っても、自分の中から出てきた感情は否定しないことに決めたんです。自分って嫌なやつだな~って思うこともあるし、怠け者だな~って思うこともあるし、だめだめだなって思うけど、今、こう感じている自分がいるって気持ちをできるだけ客観的に見るようにしています。

そして、自分の中でほっとするな~とか真似してみようとか思えたことはやってみるけど、誰かがいいと思ったことが自分にとってもいいってことではないってことに気がついたというか…。

 

たとえば、お金持ちになるために「お金持ちになった姿をリアルに想像して、あたかも今自分がお金持ちになった気分になりましょう」なんてことを本で読んだとしても、できないから私はお金持ちになれない、ますます貧乏になっちゃうどうしようなんて気持ちになってたら、こういう本すら読むことだって、自分にマイナスになっちゃうんだな~って。

 

気持ちは変化しますしね。この人の本が好きって思ってた人の文章がめっちゃ心地悪くなることもあるし、あんまり好きじゃないなって思ってた人の文章に癒されることもあったり…。

「がんばらない」って無理しない、我慢しない、ありのままの自分を認める、変化を認めるってことなんじゃないかな?って思います。

心地いいときは受け入れて、心地悪くなったら、その人の本は読みません!(笑)

 

それでも、自分は発展途中だなとは思ってます。齢(よわい)アラフィフでもなかなかね(笑)

でも、気付けたことがいっぱいあったのはよかったですね。

 

だから、もしこれを読んでくださっている人がいるならば、誰かのいいが、自分のいいとは限らないし、真似してみようって思えることがあったら、真似してみてもいいし、やってみて自分にとって心地が悪かったら、やめればいいと思うんです。模索は続くよどこまでも…です(笑)

 

いつまで経っても模索が続くのは、自分の気持ちが変わるからってことなんでしょうね。

50年の思考のくせですからね、なかなか抜けだせないこともあるんですけど、自分で自分を追い詰めることはやめたいなと思う今日この頃です。

 

めっちゃ長い文章だわ~。仕事じゃない3,000文字ってあっという間(笑)

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